渋谷駅ってどうして出来たの?

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世界に轟く大都会、渋谷。以前「並木橋駅」の記事で渋谷区には17の駅があることを書きましたが、中でも代表駅と言えるJR渋谷駅はなんと世界第2位の利用者数を誇る巨大なターミナル駅です。
実はその渋谷駅、開業当日である1885年(明治18年)3月1日の利用者は0人でした。鉄道好きの間ではどうやら有名な小話らしいんですが驚きますよね。そもそもどうして渋谷駅ってできたんでしょう??今日は諸説あるなかから一つご紹介しようと思います。

明治44年頃の渋谷駅

当時、日本で利益の出る輸出品の一つとして絹(生糸)がありました。群馬県の前橋はその周辺の生糸を扱う一大集積センターとなっており、この生糸を横浜港へ輸送し輸出する方法として、近代技術である鉄道を使用することが決定。日本版シルクロードとも言える計画が立ち上がりました。実はこの鉄道計画、当時の東京市を走る方法と、江戸の雰囲気がまだまだ残る長閑な田園風景を切り開いて走らせるのか意見が真っ二つに割れたそうです。が、コスト的にも時間的にも考慮しやすい田園地域をに鉄道を通す方がより合理的でプラスになるだろうと判断されました。そういった経緯の中シルクロード鉄道は江戸と東京の境としての役割を果たしていた渋谷を通ることになったんですね。この「田舎と都会の境目」と言う役割は当時の渋谷の特色であり、駅を設置することになった決定的な理由だったのでしょう。その後、生糸の輸出量が増えるに従い、渋谷も変貌を遂げていきます。渋谷の発展には駅の開業が大きく関わっていることが頷けますね。

もし当時の東京市内を走る方法が採用されていたら渋谷駅は現在の姿とはかけ離れたものになっていた可能性さえある、と言う研究結果も出ているようです。このシルクロード計画は渋谷というより、東京全体に大きな影響を与えたんですね。

大正時代の渋谷駅

1885年の渋谷はそれはそれは長閑な田園風景。現在のような駅の姿とはかけ離れた木造平家の小さな駅だったそうです。騒音を立てながら黒い灰を周囲に撒き散らす汽車は、当時ののんびりとした環境で生活する人々から避けられたりちょっと嫌われていたような一面もあったそうですよ。歴史に「たら、れば」はありませんが、もし渋谷駅が今とは違う場所に違う時期に出来上がっていたらどうなっていたんでしょう?また違った街になっていたと思うと面白いですね。

大正11年頃の渋谷の風景

【オマケ】明日使えるマメ知識

渋谷駅は世界第2位の利用者数と冒頭で述べましたが、TOP3は驚くべきことに全て日本の駅です!

第3位「池袋駅」

東口に西武、西口に東武があるというカオスな駅。JRは勿論、東武鉄道、西武鉄道、東京メトロが乗り入れておりラッシュ時は凄まじい混み合いを見せます。

第2位「渋谷駅」

そして第1位は…「新宿駅」

最大およそ350万人が1日で利用するそうです。350万人と言えば横浜市の人口くらいです。恐るべき利用者数。多くの路線が乗り入れる新宿駅は改札だらけ、筆者も中学生の時に初めて新宿駅に行った時はもれなく迷子になりました。

これは国内ではなく世界ランキングなのでいかに日本が鉄道大国なのかよくわかりますね。

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