渋谷の神社仏閣紹介 古墳の上に建つ「猿楽神社」

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世界に名だたる大都会である渋谷。実は多くの神社仏閣があります。今日は代官山エリア・ヒルサイドテラス内の一角に鎮座している猿楽神社を解説していきます。

歴史

神社がそのものが建立されたのは、大正時代です。この神社は古より「猿楽塚」と呼ばれた古墳の上に建立された神社で、古墳は飛鳥時代より前、古墳時代の末期に築造されたと推定されています。かつては南北に大小二基の古墳があり、その大きな方が「猿楽塚」で、直径約20m、高さ約5mの円墳です。渋谷区の指定文化財にも指定されており、現在の猿楽町という地名の由来にもなっているといわれています。

「猿楽」という名前には、源頼朝が猿楽を開催し、そのときの道具を埋めたという説や、渋谷の長者がこの辺りで宴を楽しんだことから、「我が苦を去る」という意味で「去我苦塚」と呼ばれたという説など、諸説あるようですね。真相やいかに…ですがどの説も立証するのは難しく謎のままなんだそうです。

御祭神

天照皇大神・素戔嗚尊・猿楽大明神・水神・笠森稲荷

見どころ

1.猿楽塚

6~7世紀の円墳とされ、基底部の直径約20メートル、高さ約5メートル程。何故か発掘調査がおこなわれていないため、詳しいことはわかっていません。
この一帯は掘り返すと古代人の人骨や遺跡、古墳などが出てくることが珍しくなかったそうです。

2.社殿

小さな神社でしたが、なんだか神々しい光が差し込み背筋が伸びる雰囲気がありました。

小さな社殿の他に、馬頭観世音菩薩の碑と小石祠もありました。

不思議なエピソード

神社が建立された大正時代、この猿楽塚は朝倉家の敷地内にありました。朝倉氏は元々戦国時代の甲斐の武田氏の家臣で、渋谷、代官山の発展において重要な役割を果たした旧家です。特に朝倉虎治郎という人物は戦前に東京府会議員を、さらに渋谷区の最初の区会議長を務めました。渋谷における名門中の名門といった家柄です。大正9年、その朝倉家の敷地内に庭園をつくる事となり、塚の1つを壊したところ、虎治郎と工事した棟梁とが原因不明の病にかかったといいます。そこで社を建て、塚から出てきた人骨や武具などを供養して「猿楽様」として祀るとみるみるうちに回復したとか。

しっかりとお祀りされているからでしょうか、過去のエピソードのような原因不明の病にかかるどころか、身も心もなんだか凄くリフレッシュできました。
この神社もまた、まさに大都会渋谷のオアシスです。

代官山へ来られた際は、是非猿楽神社をお参りしてみてください!

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