渋谷の各地名の由来 円山町編

公開:  更新:
この記事をシェアする

渋谷区には沢山の地名があります。それらの地名を少し深掘りしていってみようというのがこちらのコーナー。第六回は「円山町」を解説します。

ラブホテル、ナイトクラブ、ライブハウス、隠れた名店、とにかく色の濃ゆいお店が集まる円山町。渋谷でも異彩を放つエリアであり、最近ではNHKドラマ「らんまん」の舞台としても注目を浴びました。

丸のついているところが円山町。

今回、名前の由来について独自調査を行いましたが、二つの非常に興味深い説に辿り着きました。
そもそも、この一帯は「荒木山」と呼ばれており当時は本当に何もない場所だったそうです。現在の「円山町」と名前が制定されたのは昭和3年(1928年)。名前の由来は史実としては残っていないようですが「円山」「丸山」という地名は全国的に見ても多数存在する地名で、ここ渋谷円山町も「丸みを帯びた丘や円状の丘など当時の地形から名付けられた」という説が濃厚だそうです。事実、円山町はJR渋谷駅方面から向かうと、どの方面からでも必ず坂を上らなければ辿り着きません。その坂の存在はかつてこの場所が山や丘陵であった事を強く感じさせます。このように非常に単純な理由で名前が付けられたという説が一説。

道玄坂を上った所にある道玄坂上交番前交差点。この交差点を右に入っていくと円山町がある。

もう一つは元々花街であった事に由来する、という説です。
ずっと「荒木山」という名前で親しまれていた訳で、それなら荒木山町というような名前が付けられても良さそうですが、何故円山町になったのか?
それは…「華やかであるべき花街として“荒木山”では粗野な感じがする。京都祗園の芸者町にほど近い円山、もしくは長崎の丸山遊廓を連想させる名の方が良いだろう。」と住民の間で意見が上がったから、という説があるのです。この一帯が花街として栄えだしたのは明治20年(1887年)頃。名前が制定された昭和3年頃は花街として大きな盛り上がりを見せていた時期でもあり、このような意見が出る事もあり得るのではないか?といった感覚を持ちました。

花街時代の面影を残すおでん割烹ひで。現在も芸者さんを呼ぶことが出来ます。
こちらも花街時代の面影を残す建物、三長。

ちなみに円山町以前の呼び名、荒木山の“荒木”のルーツはというと、佐賀藩鍋島家の執事を務めた荒木寅太郎が、この一帯を鍋島家から受け継いだことに由来するといわれています。鍋島家は高級住宅街松濤のルーツに大きく関わる地主で渋谷の近代都市開発にも大きく貢献しました。(鍋島家については次の機会に。)

と言う事で、結論から言うと渋谷でも随一のディープスポット、円山町の本当の名前の由来は分からずじまいでした。が、歴史深いこの街については引き続き調査を進めていきたいと思います。

次回もお楽しみに!

公開: