日本で“おしゃれな街”といえば、代官山が一位、二位を争うのではないでしょうか。大都会渋谷と大人の飲む街恵比寿に挟まれていながら、それらに影響されることなく落ち着いた雰囲気の街並みで、都会なのに都会すぎない緑豊かな美しいエリアです。
そんな代官山で古くから商売を営む人たちにお話を聞いていこうと、今回は「株式会社 日本ガストロノミー研究所」代表取締役社長 古崎義丸さんにインタビューしていきます。株式会社 日本ガストロノミー研究所では、「シェ・リュイ」という洋菓子店を7店舗、「ロティ シェ・リュイ」というカフェと「代官山レストラン シェ・リュイ」というフレンチレストランを経営されています。その内の洋菓子店2店舗、カフェ、レストランは代官山に位置しています。「シェ・リュイ」と代官山にはどのような関わりがあるのでしょう。
なぜ代官山にこだわるのか?そこには、代官山に魅了された人たちだけが知る代官山の誇りがありました。
教員に憧れた学生時代から二代目社長へ
「日本ガストロノミー研究所は1971年に父が設立しました。父は幼少期に国語の先生が読んでくれた物語『三銃士』の世界観に魅せられてフランスへの憧れを抱き菓子職人になったそうです。最初は『DONQ』という神戸の老舗パン屋に就職し、10年したら独立する!と目標を掲げ、DONQ東京進出の責任者として上京。そして東京で10年目を迎え、仲間6人を連れて円満独立したそうです。大田区新蒲田に工場を借り、そこで作った洋菓子を卸す為の営業に行っていました。職人6人で営業経験もゼロなので、営業は一筋縄にはいかなかったようですね。」
「そこから3年間の卸し洋菓子店を経て、1975年に代官山に店を出しました。当時、通勤でいつも通る代官山の雰囲気がすごく気に入ったからこの場所を選んだ、と聞きました。昔から思い描いていたパリの雰囲気に似ていたのかもしれません。」
そう話してくださった古崎さん。今では代官山を代表する老舗洋菓子店となったシェ・リュイですから、二代目を継ぐのは大変だったのではないでしょうか。
「じつはまったく継ぐつもりがなく、教師になるつもりで大学に通っていました。とりあえずアルバイトがしたくて父の店に入ったことがきっかけで、働く楽しさに目覚めてしまって……。結局この会社に入り働き、フランスへ5年ほど勉強にも行きました。」
「二代目なら経営を勉強していればいいようにも思えますが、やはり父の背中を見ていたこともあり職人としての経験を選びました。商売や職人のことをわかっていないと経営はできない、人はついてこないと思っています。今もクリスマス前だけはキッチンに入って仕事をしますが、一番忙しい時に社員と同じ目線で働けることは嬉しいことでもありますね。」
長く愛される秘訣は「流行を追わないこと」
代官山に住む人たちはもちろん、地方からも人気のシェ・リュイ。近頃はオンラインショップにも力を入れてお取り寄せスイーツとしても人気です。その多くの人を魅了して止まない理由はなんでしょうか?
「基本的には流行を追わないようにしています。流行なものっていつかは飽きられるし、文化として残らないものを作るのは違うんじゃないかなと。もちろん流行を取り入れるとか、日本人の味覚の変化に合わせて誰もわからないレベルでは味を変えたりはするけれど……。一度流行を追ったら、はい次、はい次!みたいなのは疲れるんじゃないかな。」
「あと、お店もできるだけ変えないように意識しています。これだけ歴史が長いと、何回か建て替えもしていますが、店の前の大きな木も絶対に切りたくないし、雰囲気も変えていないです。昔の写真見てもこのままでしょう?東京を離れた人が久しぶりに来たときに、あぁ変わってないね!ここにケーキ屋さんあったね!なんて話して欲しいです。僕らは思い出を扱っています、人の記憶に残るお店、味でありたいですね。」
そう話しながら見せてくださった1980年代のお店の写真には、今と変わらない店構えと目印のシンボルツリーがありました。現在のシンボルツリーは写真の頃に比べてすっかり太く大きくなり、シェ・リュイが代官山で積み上げてきた歴史を感じることができます。
フランス料理をもっと身近に
シブテナ代官山店のある、代官山アドレスにもカフェを出す古崎さん。じつはカフェ業態にしたことにもある理由があるそうです。
「大きなビジョンとしては、フランス料理がもっと身近なものになればいいなと思っています。そのためにカフェスタイルのお店を作って看板メニューにフランスの家庭料理ロティサリーチキンを扱っています。チキンというと日本はクリスマスのイメージになってしまうけれど、フランスでは街中のいろいろなところで焼かれていて気軽に買える庶民的なメニューなんです。あとはフレンチの入り口としてフレンチシェフが作ったカレーやパスタ、ハンバーグなどをカフェごはんとして手軽に味わっていただきたいですね。そこから“フレンチってそんなに敷居が高くないかも”と思っていただき、レストランにも足を運んでみてほしいと思っています。」
じつは取材スタッフたちもインタビュー後にロティ シェ・リュイにてランチをいただきました。看板メニューのプレロティガルニは鶏もも肉が柔らかくホロホロな口溶け、鶏の油でカリッと香ばしく上がったポテトとたっぷりのサラダに大満足。この日は平日のお昼でしたが、店内には若者から代官山マダムまで多くの人で賑わっていていました。
代官山という誇りがつくる街
多くの店舗展開をするシェ・リュイですが、代官山では洋菓子店二店舗、その他にカフェ、レストランを経営されていています。最後になぜ代官山なのか、代官山の魅力を聞いてみました。
「代官山って唯一無二というか、ブランド力と認知度がかなり高い街だと感じています。そこには誇りを持って代官山で生きている人たちがいて、国や街が作る景観ガイドラインなんてなくても、緑が多くていい風が吹いていて洗練された雰囲気、それはみんなで自主的に守っている街だからじゃないかなと。じつはそんなに敷居の高い街でもないし、住んでる人も庶民的な人が多いんですけどね。そこがいいところです。」
代官山はそこで生きる人たちによって作られ、守られて今のスタイルを生み出したのかもしれませんね。そんな代官山の素敵な人たちと末長くお付き合いができるよう、私たちも誇りを持って仕事をしていきたいと深く感銘を受けたお話でした。