いつからでしょうか。渋谷が大都会と呼ばれ、スクランブル交差点が世界でもっとも混雑している交差点となったのは。いつからでしょうか。渋谷に飲食店や商業施設が増え、住む人が減ったのは。
日本のトレンドの発信地として世界からも注目を集める渋谷。スクランブル交差点、109、ハチ公など世界的にも有名な観光スポットも多くありますが、その中でもセンター街は多くの人が集まる繁華街です。そんなセンター街に、トレンドではなく伝統芸能を発信し続ける舞踊家さんが住んでいます。
今回は渋谷生まれ渋谷育ち、日本舞踊の花柳流師範を勤められている、花柳美千仍さんにお話を聞いていきます。
「渋谷で生まれました。今でいうヤマダLABIのあたりに住んでいて、今の東急本店の場所にあった大向小学校に通っていました。小さい頃から、ピアノやお花など習い事はしておりましたけれど、日舞を始めたのはずっと後です。母から着物が自分で着られないのは困るんじゃないのと言われ、近所に出稽古をしておられた日舞の先生のところへ通う事を勧められたのがきっかけでした。それからしばらくしてその先生がお辞めになり、まだ続けたいなと思ったところ、花柳応輔先生とご縁があり、続けることができました。1959年から日本舞踊の師範として、この場所でお稽古しています。といっても、区画整理とかいろいろで、この建物も3回くらい建て替えております。」
「師範になってからは、渋谷の街の人たちに助けられてここまでやってこられました。最初は近所の方や、友達のお父さんが習いに来てくれたものです。当時はカラオケとかはなかったので、踊りも身近な楽しみだったようです。センター街の婦人部の皆さんが後援会を作ってくださり、新年会では新春の御祝儀の踊りを踊らせて頂きました。当時の会場はスペイン坂の入り口に料亭がありまして、その後は万葉会館(現在のIKEA渋谷店)でもお弟子さんと一緒に踊らせていただきました、懐かしい思い出です。」
そう追想しながら、万葉会館での宴や、センター街の真ん中にあった空き地に、やぐらを立てて盆踊り大会をしていた様子などのお写真を見せていただきました。今となっては一坪数千万円にもなる渋谷のセンター街で、これだけの空き地があったなんて想像ができません。
芸事の深みって本当におもしろい
「2003年には財団法人『伝統文化活性化 国民協会』の採択を受け『渋谷区日本舞踊こども教室』を設立しました。たくさんのこども達に伝統芸能を伝えることはもちろん、高齢者施設など多くの場所で踊り、たくさんの方々と交流を続けてきました。5年間の『伝統文化活性化 国民協会』を終了したあとも、渋谷区の応援を頂きながら続けられています。芸事は礼に始まり礼に終わると言われております。最初は走り回っていたこども達もだんだんきちんと挨拶ができるようになっていく。その姿がとても可愛らしく、頼もしく思えて元気をもらっています。」
この日も、こども教室一期生で高校生の頃から通っているというお弟子さんや、お母さんと一緒に通っているという男の子などが稽古に訪れており、舞を披露してくださいました。
センター街での生活とは
じつは花柳さん、今もお稽古場のある渋谷のセンター街で暮らしているそうです。筆者は渋谷に携わる仕事をし、このインタビューでも多くの渋谷生まれの方々とお話をしてきましたが、渋谷に住む人は居れど、現役でセンター街に住んでいる人は聞いたことがありません。眠らない繁華街で生活する事にはそれなりの不便もあるのではないか?と気になります。
「駅からも近いし、日常の事は、なんでも整いますので不便はないのですけれど、小売店が並ぶ風情が懐かしい気も致します。お正月やハロウィンなんかは、人が溢れてちょっと大変(笑)。毎日のことではないですし、活気があるのはいいことかも……。」
「センター街も昔は住んでいる方がたくさんいらっしゃいましたけれど、今は私ともう少しの方くらいかも。先程もお話し致しましたけれど、地域のみなさんがずっと応援してくださって、本当に暖かい街なんです。今もセンター街の理事長さんが気に掛けてくださったり、周りの方々が優しく接してくださるので、居心地が良いです。時代が変わりましたけれど、ほんわかした温かい空気が根底にあるので、ここに居たいなって思います。最近は100年に一度の再開発とかで駅や駅前も大きく変わって…。便利になったと言われてますけれど、東横線は駅が遠くなりましたので、私的には使いにくくなりました。あとはエレベーター、エスカレーターが適所にあると嬉しいですね。」
しかし、センター街を生活、活動の拠点にされているからこそ見えてくるものもあり、花柳さんとお弟子さんたちは、日本の伝統文化が次の世代に少しでも残るような活動や、センター街という立地を活かして海外からの旅行者たちに日本文化に触れてもらえるようなことをしていきたいと考えているそうです。
変わってゆく渋谷の街のど真ん中で生まれ育ち、今もセンター街で暮らす花柳さん。現在も勢力的に活動される姿は年齢を感じさせません。半世紀以上もの間にわたり渋谷を見続けている彼女だからこそ知る“渋谷とセンター街の温かさ”を私たちが少しでも引き継いでいけるよう、できることを探していきたいと思いました。