代官山で100年続くコーヒー屋台を目指す「モトヤエクスプレス」

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2000年の駅前複合施設『代官山アドレス』、2011年の『代官山T-SITE』など再開発が進み、この秋には『フォレス トゲート代官山』も開業予定と、ますます盛り上がりをみせる代官山。そんな代官山の駅前で27年前から変わらずエスプレッソコーヒーの移動販売を行い、地域の人と人を紡ぐ場所があります。

今回は代官山の憩いの場、移動喫茶『モトヤエクスプレス』の伊藤素樹さんにお話を聞いてきました。

「生まれは新宿で、育ちは南青山五丁目。父親がミュージシャンで、洋書とレコードが山積みの家で育ったんです。育った時代は日本の高度成長期でした。国内では生活がどんどん便利になっていく中で、海外ではオイルショックや資源不足などが起こり、世界と日本のギャップを感じていてね。上意下達な日本教育にも嫌気がさした反逆的な少年でしたね。」

まるで小説の主人公のような半生を語る伊藤さん。『モトヤエクスプレス』の創業者であり、現在も代官山で接客をしています。そんな伊藤さんがこの代官山の地で地域に根付くエスプレッソコーヒーの移動販売店になるのもまた小説のような、運命に導かれる不思議な流れでした。

「流通関係の宣伝部で働いていたのですが、いつも『どう生きるか』を探していました。そんなときに阪神淡路大震災が起き、ボランティアなどをする中で、行政の力よりも民間の力が人の力になるのを目の当たりにしました。そこから、自分ができること、したいことをより考え、それまでのいろいろな出会いや経験もあり『自分の作り上げたい、それを作る方法』がわかったんですよね。それがこの、エスプレッソコーヒーの移動販売です。」

「人とのコミュニケーションを大切にしたエスプレッソコーヒーの移動販売を理念に、最初は恵比寿で始めたんですが、初日から怖い人に怒られちゃって。逃げるように代官山にやってきました。その頃はまだ何もない住宅地でしたが、そこがまたよかった!それから何日か営業していくうちに地域の人と仲良くなれたんです。やがて地元の方々の温かいご支援もあって、代官山駅前の駐車場に常設で営業ができるようになりました。駅前に使われていない駐車場があり、捨てられた自転車が山のようだった場所を使ってよいとのことでした。そこを一生懸命片付けて今の形になりました。そこもまた地域に貢献できたことが嬉しかったんですよね。」

そうして始まったエスプレッソコーヒーの移動販売で、小さな声も聞き漏らさないよう、丁寧な接客でさまざまな話を聞いてきた伊藤さん。はじめはいろいろな思いを受け止めることにすごく疲れることも多かったそう。しかし「人間にしかできないことは何か」を見つけて提供することを精神的支柱とし、多くの人に必要とされる場所となりました。

オリジナルな品質へのこだわり

代官山の一号店を皮切りに、大企業から出店の要請や撮影現場のケータリングなど、活躍の場を増やしていったモトヤエクスプレス。そこには、コーヒーに対するこだわりはもちろん、伊藤さんご自身が持つ絶妙なバランス感覚が活かされていました。

「コーヒーは料理だと思っています。まず、豆はコーヒー豆の王様と言われるアラビカ種を100%使用。また、焙煎直前に水研ぎとよんでいる独自の技法で洗浄処理しています。そして、単品ごとに特別な燃焼温度と空気量をタイミングよく調整し、焙煎。焼きあがった豆は冷却され独自の配合でブレンドしています。そのすべての過程で豆の声を聞いているんです。」

そう話しながらいただいたオリジナルブレンドは、雑味がなくまろやかな口当たりながらもコク深く、長きにわたり代官山の住人を虜にしている理由がわかりました。

「長く続く理由をマーケティング目線でいうならば、プライス、プレイス、プロダクト、プロモーションが大切だと思っています。すべての中心には理念があって、これら4Pのバランスがすごく重要。でもこのバランスというのが厄介で、バランスを取ろうとするのもダメ。バランスを意識しすぎたらその時点で自然じゃなくなって、ストレスフルになってしまう。僕は昔からバランサーなところがあって、こういうバランスは勝手にできるから、そこは口ではうまく伝えられなくて難しいですね(笑)。」

そう笑いながら話す伊藤さん。お店は居心地の良いおしゃれな雰囲気でバランスが良く、伊藤さんの天性のバランサー気質を感じます。

モトヤエクスプレスでは後継者の育成にも注力しており、フランチャイズ制度を導入することで多くの人のチャレンジを応援しているそうです。現在は関東だけでなく、北海道などでも出店されています。

都心の住宅地であることは代官山の個性

代官山ではみんな顔馴染みの伊藤さんですが、そんな伊藤さんから見た代官山はどんな街なのでしょうか?

「代官山ってやっぱり住宅地なんですよ。昔からここは人が住む場所だった。そこがこの土地の1番の個性やカラーなんじゃないかな?と思います。だから、代官山で商売をさせていただく上でも、住んでいる人に気持ちいい商売でいるよう気をつけてはいます。」

「今は再開発も進んで、どんどん新しくなることに、反対はできないものです。やはり賛成でもないけれど、やはりここは人が住む街として、いつの時代も変わらず家族が安心して暮らせる街であるべきではないかと。古き良きものを大切に、そして尊重して、新しく生まれ変わっていく代官山であって欲しいですね。」

インタビュー中も、多くの常連さんがコーヒーを求めに訪れていたモトヤエクスプレス。常連さん同士も挨拶をする様子に、伊藤さんが“どう生きるか”で求めて作り上げているものがカタチとして見えた気がしました。

ここ数年で見直されてきた地域コミュニティの大切さですが、伊藤さんはずっと前から伝えていたのでしょう。そして、そこがこの先も代官山の魅力として、紡がれていくのを見届けたいと思いました。

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